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日本に新しくコンピュータと情報通信の大学を作ろうとして集まった各分野のエキスパート達。なぜ今日本で新しい大学を作るのか、どのような大学で、どんな教育をしようとしているのか、その思いを語った。
     
 

富永 新しい大学の在り方を、これから模索するにあたり、西さんと私の考えていることは非常に良く似ています。私が実現できなかったことを、西さんがやってくれるという思いをもってきた部分もあります。さて、日本に大学ができてから130年余たちますが、その間に大学に求められる役割も大きく変わってきました。今、我々が大学を作るということは、既存の大学が設立時に前提としていた時代とは違って、これからの100年を考えたものでなくてはならないと思っています。西さんは、この大学を作って本当はどんなことをやりたいと考えておられますか。そしてその形態は、大学なのか大学院なのか、研究所なのか、ビジネスなのか、あるいはその複合なのか。今後残りの人生というと少し大げさかもしれませんが、どんなことをターゲットにして行こうとお考えですか。
西 大学を作りたいと思う理由は、3つあります。まず1つめは、身近な問題意識からです。日本のGNPとGDPは世界第3位です。私は第二次世界大戦のあと、戦争に負けた国が60年かけて世界のトップになったのは、日本の企業が頑張ったから、つまり国民が頑張ったからだと思います。スイスのIMD(International Institute for Management Development 国際経営開発研究所)が毎年行っている各国の国際競争力の番付で日本は2002年まで第2位とか3位とか、世界のトップクラスでした。ところが、日本のバブルが破裂したとき、30番ぐらいに落ちた。えこひいきとかではなく、200数十項目のチェックリストで評価した結果、日本の国際競争力は世界で30位という烙印を押されたのです。 そして、大学の分野でも、日本は間違いなく世界のトップではありません。何位なのか数えるのが怖い。戦後60年かけて日本の企業は世界のトップクラスの仲間入りはできたけれど、日本の大学に関してはトップの仲間入りができない。諸外国の伝統のある大学に追いつこうとしても、日本が追いついた時には向こうはそのもっと先に行っていて、もしかしたら追いつくのは永遠に無理かもしれない。でも、追いつく努力はしなければならない。それには、大学に対する政策云々ではなくて、国際的にトップクラスの技術と人材を持ち、60年間で世界のトップにまで上り詰めた日本の企業が手伝うしかないと思います。日本の企業が新しい大学と一緒にやっていくことで、日本の大学を世界のトップクラスに引き上げる、そのメカニズムが知りたい、作りたい。また、大きな企業は研究所があるけれど、小さな企業では研究をするのは非常に難しいという現状があります。それが一つ目です。
     
富永 日本は大学の持つ歴史の長さにおいても、外国と比べ100年くらいのズレがありますね。日本の大学は120〜30年位ですが、他先進国の大学はオックスフォードやケンブリッジなど、ヨーロッパの古いところでは400年位、アメリカではMITやスタンフォードなど200年位の歴史があります。いろいろな意味で、大学が曲がり角に来ている時期といえます。二つ目は何でしょうか。
西 2つ目は、マイクロソフトではソフトの開発はできたけれど、最高のソフトを動かす最高のハードウエアを開発することができなかったこと。私はソフトウエアとハードウエアは、車の両輪みたいなものだと思っています。デジタル交換機とコンピュータが一体になったものが、インターネットですよね。通信産業について思うのですが、今のインターネットの世界で、交換機はシスコ、無線交換機はクアルコム、ソフトはマイクロソフトと全部アメリカ製です。シスコの日本への進出の仕方は非常に素晴らしかった。シスコは日本の電機メーカー(NEC、富士通、日立)に製品をOEMで売りまくった。日本の電機メーカーがそれに自社のバッジを付けて売った結果、日本製デジタル交換機の伝統はそれで全部途絶えてしまった。現在世界でシスコに対抗しうるといわれている唯一の会社は華為(Huawei)ですが、これはシーメンスと組んだ中国の会社です。今の構造のまま次世代のインターネット時代を迎えたら、日本の産業はアメリカ製品にバッジを貼り替えて売るだけの産業に、日本のエンジニアは全部アメリカの機械のメンテナンス要員になってしまうでしょう。 このように、実際やろうとすれば出来ることを、日本はやっていないという話をビル・ゲイツとしていたとき、彼にこういわれました。「マイクロソフトのエンジニアのうち実に7割は中国人とインド人で、日本人は100人もいない。彼らは日本では100人に1人の天才かもしれないけれど、その100人に1人が中国やインドには確率的にもっと沢山いて、自分の国の未来を作っている。日本はいったいどうしたんだ、このままだと大変だぞ」と彼に言われた時、私は顔から血の気が引く思いをした。これからは競争の時代ではないんです。どうやってアメリカ、中国、インドと共存するかを考えて、それからどうやって追いつくかを考えていかなければ、日本は何も無いところになってしまうという危機感、それが2つ目の理由です。 そして3つ目ですが、これは私の極めて個人的な理由です。私は中島みゆきが歌うプロジェクトXの主題歌を聞くたびに泣いてしまうんです。世の中には無名でも素晴らしいエンジニアが本当に沢山いると思います。どうして彼等が素晴らしい能力を持ちながら無名のまま終わってしまうのか、それは評価をされないからです。私はたまたま企業をベースにお金を使い研究をして結果を出すことができ、窓際社長だった時、富永先生ご指導の下で論文を書いて博士号を取るチャンスにも恵まれました。でも、良い仕事をしてきたけれどそういうチャンスがないまま定年を迎えて退職し、普通に年金で生活をして、そのまま人生を終えていくエンジニア達が世の中に大勢います。私は大学ができたら、良い仕事をしたエンジニアにそこで博士号を取ってほしい。そうすることで、定年退職した後ももう一回元気になってもらって、その人が一生かけて研究したことを若い人たちに伝えて行って欲しいと思います。だから、ただ大学が作りたいとか、大学院が作りたいそういうことではないんです。
 
     
 




富永 新しく作る大学は、GITI ALLIANCEの日本の拠点の一つとして大きな役割が期待されると思います。西さん、新しい大学へはスーパーコンピュータの寄付のお話があるそうですね。それについての経緯をお聞かせ下さい。
西 IBMの、ブルージーン(Blue Gene)という世界最高速のコンピュータです。以前東北大学と共同でスーパーコンピュータの研究をしていた時に、IBMが大学に売りに来たことがありました。ブルージーンはマイクロプロセッサを1万個ぐらい繋いだもので32ビットですが、大学はそのとき、今は64ビットの時代だし32ビットを1万個繋いでも64ビットにしかできないことがあるからと言って断わりました。とても残念で、大学作りの募金回りでIBMにお願いに行った時、その分野の研究は是非続けたいので、協力いただけないかお願いしているところです。
富永 スーパーコンピュータが入ったら、新しい大学では重要な研究がたくさんできる。このことは、大学の大きな存在感にもなりますね。現在、横須賀で携帯電話に関る色々な研究をしていらっしゃる太田さんに、スーパーコンピュータの利用方法を提案をしてほしいとお願いしているところです。
太田 無線方式の国際標準化で一番重要な評価基準項目は伝搬特性ですが、スーパーコンピュータで都市空間を擬似生成できれば、毎回現場に車を走らせて調べに行かなくても伝搬の予測が可能です。是非、伝搬シミュレータとしての都市空間シミュレータを実現したいと思います。過去に経験した3回の新たな周波数帯利用を含む標準化会議でも、毎回 都市部の同じような場所で伝播特性試験を行い、回線設計に必要なパラメータの測定をしました。大変にコストと時間が掛かる上、実験局免許が無ければできない作業です。臨機応変に周波数を変えて、どのような差がでるかの検討が必要なのですが、国内では難しく諸外国に先手を取られて歯がゆい思いもしました。地球レベルでの天候・気象予測のために地球シミュレータが活躍していますが、無線通信の世界にも是非とも必要なものであると思います。新しいビルを建てる際にも電波障害を予測し、最も周波数利用効率が高くコストを抑える方法を見つける等、伝播シミュレーターとしてとても大事な研究ができます。WiMAXの置局設計や地上デジタル放送の普及促進のためにも伝搬状況の把握が先決ですから、伝搬模擬分野にこのスーパーコンピュータをぜひ利用すべきであると思います。
     
富永 気候やエネルギーや大規模災害時の問題、人間の動きの状況等、人類の活動に関る様々な現象のシミュレーションに役立ちますね。地理情報も入力して分析すれば食糧問題対策にも繋がる。下手をすると防衛問題にもなりますが、世界中の都市構造の情報が集まるセンター機能を作りって各国と共有する、それをGITI ALLIANCEでぜひ実現したいと思います。今後3年位のスパンで国内的なチームと国際的なチームの両方を作りたいと思います。太田さんに電波伝搬の視点から具体的に提案していただきたいと思っています。
太田 是非進めていきたいと思います。また、無線通信の国際標準化の場は、提案の戦場ですが、数日を掛けて比較討議をしますから、一旦不利となっても翌日までに改良をして再提案をすることで形勢を逆転できます。その際に必要となることは、提案方式が通信速度や通信品質などを、劣悪な伝搬環境化でどこまで改善できたかのシミュレーションです。資本力のある企業はスーパーコンピュータを駆使して対応してきます。わが国での国際標準化の担い手は、今後、企業から大学研究機関へ移ると考えられています。その担い手となるためにも、是非ともスーパーコンピュータは必要と考えます。
西 都市空間シミュレータはGoogleとうまく連動したらいいかもしれませんね。海底ケーブルのネットワークだとか、発電された電気がどんな送電線でどんな風に分岐しデグレードしながら届くかとか、地理情報の上にそういう色々なものが何層にも見えるシステムになったら大変ありがたい。未来をシミュレーションできるカーナビみたいな感じでしょうか。パソコンがインターネットと繋がって大ブレイクしたように、こんなシステムがインターネットと繋がったら絶対に面白いと思います。
富永 そう、2040年の未来の世界を今見たいんです(笑)。だから2040年に向かって、見えるようにしましょうよ。来年か再来年か、5年後くらいになるかも知れないけれど、30年後の世界が見られるような技術と学問を創造していきましょう。







富永 村川先生のご専門は英語と音声学ですね。
村川 テキサス大学で外国語教育を専攻しました。アメリカに12年間いた中で、日本人の英語に関するいろいろな「まずさ」を実感し、何とか良い方法がないかと思っておりました。まずTOEFLですが、当時、中国や韓国の留学生のTOEFLのスコアはすごく高いのに、日本人ではペーパーテストで600を出す日本人なんていませんでした。何故そんなに高い点数が取れるのかと思って聞いてみると、その頃、皆とても分厚いTOEFLのテキストで勉強していた。TOEFLやTOEICの点数が高いからといって英語がペラペラとは限らないとおっしゃる外国の先生もいらっしゃいますが、私は基礎学力を見るテストとしては結局一番良いと思うので、日本人のための試験対策の必要性を感じて色々と出版してきました。 最初は旺文社から「アップルシリーズ」というのを出して、日本では初めてのTOEFLの試験対策本でかなり有名になりました。そのうちに、本ではどうしても情報量が非常に制限がある。より情報量の多いコンピュータで勉強できる方法がないかと考えていたとき西さんにお会いし、アスキーでCD-ROM教材を開発していただきました。CD-ROMは、例えば問題の解説文を読んでいてさらに解らない言葉が出てきても、その言葉の解説にハイパーリンクですぐに飛ぶということができます。これは本ではできない仕掛けですね。
 



太田現一郎(おおたげんいちろう)

早稲田大学国際情報通信研究センター客員教授。工学博士。
1968年早稲田大学理工学部電気通信学科卒後、松下通信工業にて広帯域電子計測機器の開発設計、第3世代携帯電話と無線LAN及び無線アクセス(後のWiMAX)研究開発及び国際標準化に従事。2003年早稲田大学国際情報通信研究科修了。現在、株式会社横須賀テレコムリサーチパーク国際ICT技術戦略研究所事業企画室次長YRP研究開発推進協会新規事業部担当部長を兼務。平成20年度の総務省ユビキタス特区の選定を獲得し、日本国初のGSMコアネットワークテストベッドをYRP内に構築、海外3GPP市場に対応する携帯端末の相互運用試験(NVIOT/NOIOT)の運用を開始。

     


村川久子(むらかわひさこ)

青山学院大学社会情報学部教授。 米国セントラルメソジスト大学文学部B.A.、セントラルミズーリ州立大学大学院文学部M.A.、テキサス大学大学院オースチン校外国語教育学部(音声学専攻)Ph.D.取得。福島県立会津大学名誉教授、駿台外語総合学院講師、東京大学元非常勤講師、NPO法人テラコヤ学塾長。音声学の視点から、正しい発音に力を入れた英語教育指導を行っている。著書に、『TOEFLテスト パーフェクトストラテジー』(旺文社)『TOEICテスト パーフェクト問題集1000問』(日本経済新聞社)等。


  富永 村川先生は、現在の青山学院大学の前は会津大学にいらしたんですよね。それ以前はどうされていたのですか。
村川 アメリカから1981年に帰国後はしばらくは一匹狼で、駿台外語総合学院でTOEICの講座を開講しておりました。その後国際武道大学が武道を世界中に伝えたいということで、五輪の書の翻訳などいろいろな仕事をしながらそこに10年いた後、コンピュータの大学ができることを聞き会津大学に行きました。
富永 会津大学での教育課題はどのようなものでしたか。会津で村川先生の学生が作られた英語学習システムがあるそうですね。
村川 会津大学の地元福島県からは特にこのテーマやってほしいというという要求はありませんでしたので、もともとマルチメディアを利用した英語教育をやってみたいと思っていたため、LML(Language Media Laboratory)というものを作りました。予めコンピュータにインストールした音声データと音声認識を使い、英語の発音を矯正をするシステムで、音声認識で口の中の様子を分析し、どこを直せば正しい発音になるのか具体的に指導することができるというものです。私が発音を重視するのは、アメリカ留学時代私自身が苦労をしたからです。正しい英語の発音をするには、まず呼吸は胸式から腹式に変えなければいけないし、話す時も大きな声でなければ相手に届かず、発音も聞き取ってもらえません。当時は学生達がどういうふうに発音しているのか、実際に口を開けてもらい、発音している様子を見せてもらったりして訓練しました。
富永 音声認識を使った発音の指導は、現在でも実践されているのですか。
村川 現在でも青山学院大学で実践しております。また学部教育ですが、全部自由にやらせていただいております。同じ教育では同じ結果しか出ないので、長年やりたかったレベル別に分けてのエリート教育を実施しています。
富永 村川先生がおやりになりたいことの、5年先10年先のイメージをお聞かせください。
村川 二つあります。まず一つ目は、英語で相手の真意や行間まで読み取ることができるようにするレベルの英語教育です。これはどの大学も苦労しており日本人サイドから出ている意見ですが、プレゼンテーションがきちんとできても、その後の会話で相手がどう思っているのかが読めないことが多い。リスニング・スピーキング等の一通りのレベルまではすぐできると思うので、その先のニュアンス、相手の気持ちを読み取れるところまで力をつけるカリキュラムを作りたいと思っています。また読み書きのスピードも、日本で速いといわれても世界と比べると絶対的に遅いので、訓練が必要ですね。
富永 日本人全体の問題ですね。会話の学習のシステムは、どんなことを考えていらっしゃいますか。
村川 小学校に英語教育が導入されますね。初めて英語を学ぶときにネイティブの発音で学習できれば良いのですが、ネイティブの先生の数は限られています。そこで、英会話の相手になるロボットのようなものがあれば面白いと思い、現在、研究開発の準備を始めています。会話でも話したいことは、子供から学生、社会人など皆それぞれ違いますが、ロボットなら各分野の会話に対応できます。発音が悪くてコンピュータがきちんと認識できない場合でも、ロボットが「I don’t understand.」と会話を切ってしまわず、「こういうことを言いたいの?」と提案してくれるようにしたい。それなら、「ああそう、それそれ。That’s it!」と言えば会話が続きます。これが実現すれば、日本語に限らずあらゆる語学の独習に役立つと思います。
     


富永 小学生時代からネイティブの先生がいるのと同じ英語教育環境を、誰もが選べば得られるような仕組みは、現在の教育現場にはまだありませんね。先生が目指していらっしゃるもう一つのことは何でしょうか。
村川 私が本当に最終的にやりたいことは、日本と外国のジャーナリストやジャーナリズム研究者が一緒に仕事をできる環境を作ることです。いわゆる研修ではなくて、日本に来て実際に一緒に仕事をしながらの情報の発信と入手のネットワークができたら良いなと思っています。日本は情報発信やプレゼンテーションが苦手で、CNNやABCのような日本発の世界に向けたニュース放送もありませんが、日本から発信をしていかなければ日本のことを世界に知ってもらうのは難しいです。情報の発信とネットワークの場を、小ぶりでも大学の中からスタートさせたいと思っています。
大崎 英語教育に関して、こんなエピソードがあります。私たちのネットワークは映画甲子園というイベントを開催していて、2006年に出場者の中から優秀な高校生を4名選抜して、韓国で行われた国際映像キャンプという所に派遣しました。
現地には日本以外にも4カ国から4人ずつ来ていて、それぞれが作って来た映像を見せ合ったとき日本の映像の評価はその時ものすごく高かった。でもその後、交流も含めて違う国の人達と一緒にセミナーをして行く時に、日本人学生全くコミュニケーションができず、ついて歩くだけのお客さんになってしまったんです。でも、本人たちは何がいけなかったのか気付きました。やはり英語で、文法云々ではなく相手に伝えなければいけないということを、たった1週間の短いキャンプで知って帰ってきました。自分たちが作ったものを世界中の人たちに見てもらうチャンスがあっても、相手に何も説明できなければ全く意味がない。そのことを本当に理解すれば、英語の勉強の仕方は必然的に変わってくると思います。


>> Session #003「GITI ALLIANCE創設に向けて」へつづく
 
     
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